ユーザーの声は製品を育てない?

        −SONY CLIEとPalmの今後を考える


 先日SONYが海外市場向けのCLIEから撤退するという発表があ り、Yahoo!JAPANのヘッドラインにも掲載されるなど、大きな反響を呼んだ。 SONYは日本市場へは新機種の投入を行うという発表をしているが、これは既に開発中の製品を、水子にするよりはマシだという程度の理由で日本市場に投入 するという意味であろうと私は捉えている。つまり開発中の製品が発売された後は、その製品が自然消滅した時点で、日本市場からも手を引くと考えた方が自然 だろう。一部では今後も日本市場に特化して、精力的に新製品を開発し続けるだろうという観測もあるようだが、日本のPDA市場はあまりにも規模が小さい。 日本市場向けだけにSONYが開発部隊を残しておく可能性は、やはり低いのではないかと思う。
 いきなり否定的な論調で書き出したが、私自身はCLIEに対して否定的な訳ではない。むしろ自分自身でNZ90、NX73V、NX60、T650C、 N700C(OS4.1)、S300/Dを所有していて、特にNZ90とNX60は外出時にはいつも連れ出すほど愛用している。(家族用も含めると NX80V、TG50、S500Cもあり、OS5.0機は制覇している状態だ)
 ただし、世間のCLIE愛好家と違う点は、Graffitiを活用しない点と、SONYファンどころかアンチSONYということだろう。今でもPalm TungstenT3の日本語版が存在していれば、そちらを買っていたと思うほどで、そういう意味ではCLIEファンですらない。(J-OS等を使った 「日本語化」版ではなく、ネイティブな日本語版という意味なので念のため)

 実はCLIEだけではなく、SHARPのZaurusシリーズもSL-C700、MI-E1、MI-506DCと持っているし、古くは U.S.RoboticsのPalmPilotやPalm本家のm100、HandspringのVisor Platinum、Palm m505のOEM機であったIBM WorkPad c505などもかつては所有していたが、最近よく使っているSL-C700以外には、常時持ち歩くほど活用した機種はなかった。ここまでPDAを使うよう になったのはNX60の存在が大きい。ハードウェアキーボード搭載のNX60が、私が所有した中では初めてGraffiti以外で会話をメモすることが出 来るPalmだったためだ。

 先に書いた通り、私はGraffitiを使わない。ヘビーユーザー諸氏はGraffitiの素晴らしさを力説されるし、そのこと自体を否定するつもりも ない。だが、私はPDAの最大の魅力は「気軽に、素早く使える」という点だと思っている。私がPalmOS機を評価するのも、この中の「素早さ」に優れて いるためだ。SHARPのZaurus SLシリーズ(Linux採用機)のメリットは、元来さほど馴染みやすいOSとはいえないLinuxを採用していながら、ユーザーは一度起動してしまった 後は特に深く考えずに使うことが出来るという点である。換言すると、単に使うだけなら、ユーザーのスキルを要求しないということだ。ただ、ハードウェア的 な問題もあるのだろうが、全ての動作がどうしても緩慢なのは弱点であり、私が今もCLIEの方を主に使っているのもそのためだ。(私のSL-C700は カーネルの入れ替えやクロックアップなども試したが、やはり緩慢なことに変わりはない)
 ではPalmOS機はどうかといえば、ハードウェアキーボード搭載機はようやく「ユーザーのスキルを要求しない」という出来になったといえる。キーボー ドがなかった時代のPalmOS機を使う場合、事実上Graffitiを習得するか、文字入力をほぼ(ソフトウェアキーボードがあるため全く不可能ではな い)諦めるかという二者択一を迫られた。
 ここでPalmOS機を愛好されている諸氏の多くは、Graffitiを習得する方を選んだはずだ。折角安くはないPDAを買ったのだから、無駄にしな いで快適に使うためにはそれが近道だからだ。私はそうしなかった訳だが。理由は先に述べた「気軽に」を満たしていないと思ったからだ。

 ここで現在の市場の動向を見てみよう。2004年8月24日付のBCNランキングPDA部門を見ると、ベスト10のうちZaurus SL-C860とGENIO e400以外は全てCLIEだが、CLIEは色違いでも別型式として数えられていることに注意する必要がある。首位のTH55と各色を合計したらそれ以上 の台数になる可能性もあるTJ25はハードウェアキーボードを搭載しない機種だ。
 これだけを見るとキーボード無しの機種を重視していけば良いのではないかと思えてしまう。しかし、現在のPDA市場は(割合的に)多数のヘビーユーザと 一部の初心者によって構成されていると考えるべきだ。少なくとも幅広い層を市場が取り込めているのなら、ランキングの結果はまた違ったものとなっているは ずである。
 TH55の購入層の殆どは他のPalmOS機からの買い換え組、TJ25は低価格であるため、初めてPDAを購入する層や機能満載型に食傷気味のベテラ ンユーザーと考えれば良いだろう。つまり「Graffitiを習得している」層と「まだPDAそのものに馴染んでいない」層の両極ではないかと思う。実際 に私の周囲でも、TJ25が発売された時に「このくらいの値段なら買っても良いかも」という声が聞かれた。もっともやはり文字入力などへの不安から、結局 購入には至らなかったようだが。

 ここでパソコンの普及までの過程を思い出して欲しい。確かにインターネットの普及が大きな役割を果たしたことは事実だろうが、それ以前に重要なことは (PC/AT互換機やPC-9800シリーズにおいて)MS-DOS/Windows3.1までのCUI必須時代から、Windows95以降のほぼ完全 なGUI時代への移行であろう。これはユーザーインターフェースが変わっただけではない。それまでの「使用する以前にスキルの習得が必要」なPCから「取 りあえずユーザーのスキルを要求しない」PCへと大きく変わったことを意味する。(Windowsを使うためにスキルが無くて本当に良いのかという議論は ここでは置いておく)
 このことで飛躍的に市場の規模が広がり、わずか数年で事実上「一家に一台」というほどにまで普及してしまったのは誰もが知っている通りだ。

 視点をCLIEに戻してみると、Graffitiへの強いこだわりを持つユーザーは、Windows95が普及し始めた時代に「同じ事ならDOSでも出 来るし、その方が遙かに軽快で使いやすい」と言っていたDOSユーザー(私自身を含む)と同じ次元の話をしているのではないかと思う。パソコンの世界では ある意味こういった声を圧倒的なハードウェアの進歩を武器に力でねじ伏せてしまった訳だが、PDAの世界はそれほど急激に進化している訳ではなく、ある意 味旧来のユーザーに妥協しつつ、中途半端に進歩を追い求めてしまった感がある。結局新たなユーザーが使おうとしても、旧来のまま敷居が高く思えて、気軽に PalmOS機を手にすることが出来ないのだ。
 さらに携帯電話の高機能化の影響もやはり大きい。携帯電話は一時のパソコン並みの凄まじい勢いで進化を続け、今では一台で出来る内容はもはやPDAと殆 ど差がない。海外ではPDA+携帯電話のスマートフォンがある程度支持されているようだが、日本ではこのようなスマートフォン(例えばTreo600な ど)は発売されてもあまり受け入れられず、現在の携帯電話と変わらないサイズの中でより機能が高度化されていく方向に向かうだろう。日本人はあまり大きな 携帯電話を好まない傾向があり、また携帯電話の買い換えサイクルが短いため、あまりカスタマイズの要求などはユーザー側からも起こらない。その意味でも、 PalmOSが活きるスマートフォンは日本市場に出番はないだろう。

 結論として、今後のCLIEとPalmOSはどうなるのか。一言で言ってしまえば、「先行きはかなり厳しい」となる。
 元来PDA自体が世間に十分認知されている分野ではない。ある販売店でPDAの特売を行った時にも、見ていた客が「そもそもPDAって何?」と店員に尋 ね、すぐには答えが返ってこないような存在なのだ。私自身、同じような質問をされたとき、一応は説明してみるが、あまり理解してもらえない場合には「電子 手帳の親分」と答えてしまう。(どういう訳か、その説明で大抵納得してもらえるのだが)
 PalmOS機に限らず、いずれのPDAメーカーも「PDAは一部のマニアのアイテム」と割り切ってしまい、裾野を広げるという視点が欠けていたように 思える。その結果としてパソコンの高性能化と携帯電話の低価格・高機能路線に飲み込まれてしまったという印象が強い。
 確かにPDAの良さをアピールするのは難しい。スペックを押し出してもインパクトに欠ける(どういう訳か、特に日本人は数字上のスペックで評価するのが 好きらしい。デジタルカメラの画素数で「○○画素だから高画質」などというのがその典型例)し、その良さの多くはある程度の時間触ってみてようやく理解で きるものだからだ。その意味で、かつてPalm m100を4900円で販売した事は、その行為自体は大いに評価できた。ただ、性能が低く、単体で出来ることも少ないm100だったため、メーカーが目論 んだ上位機種への買い換えはあまり起こらず、逆にユーザー離れが進んでしまったように思うが。PalmOS以前にPDAが存亡の危機を迎えているといっ た方が良いほどだ。

 これからのCLIE(新機種が投入される可能性は低いが。たまたまこの文章を執筆中に発表されたTH55DKが予告の新機種ではないことを祈りたい)は どうあるべきか。これも非常に難しい。規模が小さい日本市場専用に画期的な新製品を期待することに無理はあるし、開発費もそう多くはないだろう。私個人の 希望としては、TH55はヘビーユーザー向けに継続(CPUの高周波数化は行った方が良いが)、NX/NZ系はNX80VをベースにCPU変更 (PXA270を希望)+OS5.2化+メモリ増量を施した機種の発売(デジカメは高画素化しないで貰いたい)、UXは一回り大きくなっても良いのでCF スロット付き、そして低価格なTJというラインナップを構築して欲しい、というところだ。
 SONYはオーディオ・ビジュアル分野では割合最後まで面倒見が良いが、それ以外の分野ではあっさりとユーザーを切り捨てるというのが私のイメージだ。 (実際、我が家のDVDカーナビは地図の供給が2年前で停止してしまっている)
 CLIEについては、そのイメージを覆してくれることを期待したい。そしてCLIEが駄目というなら、PalmOneの日本市場参入を希望しておきた い。


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